心と体

2008年2月11日 (月)

「介護入門」読んで 2

介護入門 (文春文庫 も 21-1) Book 介護入門 (文春文庫 も 21-1)

著者:モブ ノリオ
販売元:文藝春秋
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『 介護者は永遠を引き受ける。 (被介護者の)80の老人が30年先まで生きることはないだろうが、5年、10年、それ以上と先を思い描く時点で、出口なんか想定されていないんだ。 』
と孫は叫ぶ。

共感 傾聴 受容 自立支援 尊厳 非審判的態度 
自己決定の尊重  カウンセリングマインド 

「傾聴」の「聴」……文字の形に示すとおり、「耳」を「ナシ」にして「心」で きく だ。

共感 傾聴 などなど 介護のプロに求められる資質だそうである。 プロとしてのハードルは非常に高い。 介護のプロは、被介護者とその家族の社会的生活を支援することだ。 

▲ 己が被介護者にとって何の血の繋がりもない赤の他人だと仮に思え。
「他人なのにここまでしてもらった」「他人なのだから、少々嫌な思いもさせられたが」と仮に思えば、まだまだ尽くしたらぬと思えてくる。
そうすれば甘えが消える。
そう思ってはいても、他のところでついつい甘えが出る、弱音を吐きたくなるものだ。
養子養女が立派に介護を務める例など数え切れぬ。その彼らが果たして血の縁を理由に介護する道理があろうか、とその内心を察せよ。
むしろ血は、遠きにありし者に近さを錯覚せしむる。
月に居ながらにして、娑婆の母の傍らに己が身を置く錯誤はいとも容易い。
月には月の、娑婆には娑婆のつとめがある。
ならば娑婆に降りたる時にこそ、今しかないと娑婆の務めに精を出せ。

▲ 無言で介護するべからず。
介護床の離れ小島に被介護者は横臥する。
いくら同じ屋根の下であろうと、傍を離れる時は島を離れると思え。
小島に残した家族と再会を果たした折、無言でおるなら会う甲斐などなきに等しいではないか。
決して他人の言葉で済ませようと楽をせず、己なりの語り方節まわしで語れ。
語る言葉の己の中になきを恐れず、己の言葉の空を見据えたとき、新しき言葉が己を選ぶ。

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2008年2月 7日 (木)

「介護入門」を読んで (1)

介護入門 (文春文庫 も 21-1) Book 介護入門 (文春文庫 も 21-1)

著者:モブ ノリオ
販売元:文藝春秋
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金髪の、そしてニートである孫の「血のつながらない祖母」に対する介護 奮闘記。
朋輩、介護って厳しいぜ! 介護の現在は、今の己の有り様 ・ 現在の社会、 そして、明日の己と 己達の姿を映しだしているぜ !

▲ 誠意ある介護の妨げとなる肉親には、如何なる行為も期待するべからず。
仮にそのような肉親が名乗り出て介護に当たる場合は、赤の他人による杜撰(ずさん)さを想定し、予め警戒の目を光らせよ。
続柄意識だけが義務感となって彼らを緩慢に動かすにすぎない。
被介護者と共に生き、共に死ぬ覚悟なき義務感など、被介護者を必ずや不快にさせると思え。
責任感は気高く、義務感は卑しい。
彼らの汗を目にしたときに限り、警戒を緩むべし。

▲ 派遣介護士の質は、人間の質である。
その質を見極め、我慢がならぬ時には、強く出てまともな人材を要求すべし。
低劣な介護士は、介護の助けになるどころか、更なるやっかいの種で自宅介護者を苦しめる。
「他の人がもっとひどかったら」との不安が英断を鈍らせることがある。
しかし、次にもっとひどい介護士がきた場合、その介護事業者自体が低劣な業者と心得よ。
「『介護入門』にそう書いてあったが、貴社はそのような業者のひとつか?」と脅すもよし。
別の介護業者の選択を考え、下調べをするなら、居所も名も明かさずぼかし、電話にて現状を相談めかして持ちかけよ。
ただし、早合点せず、一度の電話でことを決めず、慎重に選ぶべし。
営業担当者は口先で商売をするものだからだ。
故意の物的損害、あからさまな手抜き行為に対しては法的手段にて訴えること。
被介護者の虐待などは、言語道断、警察を呼ぶか、自ら牢屋に入る覚悟なら相手を殺傷するもよし、但しその場合も、被介護者の身を何より第一と心得よ。
介護士への妥協はつきものだが、飛び切り優秀な介護士も存在する。
これを忘れることなく、どのような相手であろうと誠実に接すること。
諦めは己の目蓋をふさぐ。
介護士の何かが被介護者を不快にさせたとき、その不快を拭い果せるのは己以外にはないと肝に銘じ、腹を括れ。

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2008年1月19日 (土)

超高令社会

この日本は「超高令社会」だ。
65才以上の人口比が、20%を超える社会を「超高令社会」というそうだ。
7%を超えるのが、「高令化社会」。 14%を超えるのが「高令社会」というのだそうだ。
  1990年 12% →  2000年 17% → 2005年  20% → 2025年 30%(!)
「超高令社会」に生きているという自覚がどれほどあるのだろうか。
バブル、バブルの崩壊、勝ち組・負け組、グローバル化、……時代が 変遷(へんせん)し、今 こんな時代に生きる。 

さて、「老令人口指数」といいうのがある。
老令人口(65才)を 生産年令人口(15才から64才)で割った比率。
15年ぐらい前(1990年) 約17%、2000年 約25%、そして、2005年 約30%。
予測では、2015年には、44%、さらに、2025年には、50%を超えるといわれている。
10数年たてば、「老令人口」が「生産年令人口」を超える。

もう一つ、人口高齢化速度というのがある。

日本は、老令人口が 7%から 14%になるのに たった24年だった。
1970年から 1994年。
アメリカは、7%になったのが 1942年であるが、14%になるのは2014年で、72年を要するという。
スウェーデンは、7%になったのが 1887年であるが、14%になったのは1972年。85年を要した。
スウェーデンなどは、かなり前に「高令社会」になっているが(約35年前)、徐々にそうなった。
それに比べれば、日本の高齢化のスピードは速い。

ここ20年、30年での日本の社会の変容は予想を超えたものがあるに違いない。

2000年の介護保険制度の施行や昨今の年金問題も こうした社会の変容を理解してなるほどと理解できる。
大変な時代になったとつくづくおもう。
いかに人生80年を 誇りを持って生きられるか。
個々人が心がけること、社会が提供できるもの、など時代の課題は大きいなぁと思う。

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2007年11月23日 (金)

倒れたときの備えは!

木原光知子さんがなくなった。 オシム監督が入院治療中。
スポーツに関わっていた人が、水泳、サッカー、……、突然 倒れてしまうのは驚きだ、人ごととは 思えない。

テレビ画面でいつも元気印の人がそうなるので、ショックだ。 年齢的にも同世代なのでなおさらそう思う。

遥洋子さんのコメントを読んだ。

不慮の死というものはある。でも少しでも無念さに身悶えせずに済むようできることもある。それは自分のためでもあり、見送る側の人のためでもある。“死”だから“悲しい”ものだと終わらせるのではなく、悲しくない死を作ることだってできると思う。

納得できる人生は、納得する死と地続きだ。死がその人の人生設計に明確に位置づけられていて初めて、見送る側もその、死を受容できるのではないか。

 木原氏の死は大勢の人に無念さを残した。彼女が伝えたかっただろうことに思いを馳せることで、この無念を癒すしかない。

そうだとうなづく。

そして、倒れることは誰でもあるのだから、3つの備えをしたらと書かれている。

【その1】
 かかりつけの医師や医療機関の連絡先を携帯しておくべきだろう。人はどこで倒れるか分からない。その時、喋れるかどうかも分からない。駅で倒れても道端で倒れても信頼できる病院に運んでもらえるよう、免許証や財布に連絡先をくっつけておくことだ。そうすれば「あの病院じゃなきゃ助かったかもしれない」という、無念さを残さずにすむ。

【その2】
 万が一の場合を考えて、仕事を任せられる人の連絡先も日ごろから手配しておくことだ。まずは心情として家族に連絡しがちだろうが、家族は最も心配するだけで、本人になり代わって本人がしたであろう最も適切な行動を起こせるとは限らない。「倒れた」と仕事先に連絡するにも、仕事の重要性すら知らない人間はどこに連絡すべきかも分からないのだ。それでは人生を仕事に賭けた人ほど悔いが残る。

【その3】
 やりたいことがあれば、今、実行することを常に心がけておくことだ。明日があると過信しないほうがいい。

「今やりたいことをやろう」  - 悔いを自分自身、そして周りの人にも残さない 最良の方法だと思う。

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2007年10月23日 (火)

元気は、源気。 玄気!

千日回峰の「堂入り」満行。 延暦寺の星野會道 師が達成した。

「すごいなぁ。どこからそれだけの力生まれるのだろう」と思ってしまう。
断水、断食、不眠、不臥の 9日間。人間がなせる技ではない。
それだけでなく、「堂入り」を終盤に はさんで 千日回峰として、塩ゆでジャガイモ 二つ、うどん一 皿、豆腐半丁、これを 一日に二回食べて、山道を一日30キロ、多いときは80キロ飛ぶように走るという。

信仰に身命を賭す決意と信者の祈りがなせる 行だという。

想像がつかないことが多い。 理屈では理解できないことがあるが、でも 事実なのだ。
人間の可能性は 本当に無限だ。

さて、幻冬舎文庫 「気の発見」 にも 「千日回峰」のことがふれられている。
そして、対話者の気功家 望月勇さんの 気功にまつわるエピソードも面白い。猫などの動物が 気功施療受けて動き回るようになったなど、……。

五木寛之さんがいわれるように、「気」はなじみやすい言葉だ。
気質、気分、気配、短気、気象、浮気、気絶、霊気、雰囲気、空気、損気、気持ちが良い・悪い、……
でも、「気」あるいは「気功」とか 深く考えてみたことはなかった。

「元気は、源気。または玄気でもいい」   意味するところは深い。

< おすすめポイント >
健康ブームの中で、自分を、そして、生き方を見つめ直す 格好の手軽な、しかも 内容たっぷりの本だ。

気の発見 (幻冬舎文庫)

著者:望月 勇、五木 寛之

気の発見 (幻冬舎文庫)

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2007年10月19日 (金)

あるがままの命を生かす

Photo 「健康問答」のあとがきのタイトルだ。 医学博士の帯津良一さんが書かれている。 ホメスティック医学の先駆者だ。
ホリスティック医学は、身体、こころ、命が一体となった人間まるごとを、そっくりそのままとらえる医学。 帯津さんの目指す理想の医学だ。

…私たちは虚空より来たりて、虚空に帰る旅人である。

…私たちの内なる命は、虚空の大いなる命の一部なのである。だから私たちの命は、大いなる生命の流れに身を任せて、計らいも捨て、あるがままに生きるのが、本来の姿であり、それが真の養生なのではないだろうか。

…これからの養生は違う。日々、命の場のエネルギーを高め続け、死ぬ日を最高にもっていくのだ。積極的で攻めの養生だ。

…いつの頃からか、心のときめきこそ、養生の要諦であると考えるようになった。

なんか宗教のような響きがするが、納得するところが多い。 そうだ、と思ってしまうのだ。

肩肘を張ったものではないが、医療の現状についても そうだとうなづくことがたくさんあった。
現代医学と 百花斉放(ひゃっかせいほう)の代替療法。
代替療法は大きく分けて8つだという。

1.伝統医学  中国医学など
2.ホメオパシーなどの独自の思想に基づくもの
3.指圧、灸などの手技療法
4.心身相関療法  瞑想、音楽療法、など
5.エネルギー療法  気功、スピリチュアル・ヒーリング
6.食事・栄養療法  サプリメント、断食療法
7.丸山ワクチンなどの薬物療法
8.免疫療法

「…こうであるべき」「…こうすべき」の類の押しつけ、断定がないのは 心地よい。
ただ、結局のところ、それぞれの人が 自分の命を見つめて、養生の仕方を見つけてください ということなので そんなに楽なことではない。

人間まるごと治療する - 魅力いっぱいだ。 命を治療するということだから、 おのずと 社会での人間の有り様も 問題にされるのだろう。

「健康問答」 - 読みごたえのある本だ。

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2007年10月18日 (木)

メンタルヘルス

「大阪女性協会ニュース」(vol.22) を読んだ。

巻頭エッセイは香山リカさん
精神科医・帝塚山学院大学人間文化学部人間学科教授

……「壁もまたよし。これで自分も一人前」と悠然とかまえる心の余裕が、うつ病には最良なのだ。」

そうだ、その通りだ、でもむずかしいことですねぇ。

「働く女性のメンタルヘルス こころと体のバランスを保つために」のタイトルの渋谷英雄さん
臨床心理士、株式会社ピースマインド

……ストレスを溜めこまないためには、うまく折り合いをつけていくことが必要です。そのためには、できるだけ一人だけで頑張ろうとせず周囲からのサポートを得られる環境を作ることが大切です。

とことん信頼できる人、理解してくれる人がいれば前に進むことができますねぇ。本当にそうだと思います。

「メンタルヘルスは元気作り」の清水隆司さん
株式会社JPRONメンタルヘルスケア・ヘルスプロモーション研究所代表取締役・産業医

……(うつとは)「車」に例えると、「アクセル」から足が外せなくなった状態です。ガソリンがなくなり「車」が動かなくなっても、本人自身は「アクセル」を踏む方法でしか「車」を治すことを知らないので、「アクセル」を踏み続け、結果的に「車」が動かない=「直らない」という状態が続きやすいのです。……

この例え、全く その通りだと思います。「アクセル」をはずす勇気がなかなかできないのですねぇ。 思い当たることがあります。 こころと体 -  自分のもののはずですが、なかなか思うようにはなりません。

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2007年10月16日 (火)

和敬静寂(わけいせいじゃく)

Photo 渡會正純さん監修 「ほっとする禅語 70」 の中の一つの言葉。
相手を敬えば 和になれる という意味だそうだ。

「上司暴言で 自殺」は労災 との新聞記事があった。
   (朝日新聞 2007年10月17日朝刊

東京地裁は、会社から暴言を浴びせらあれ、自殺をした会社員に対して労災との判断をした。 この判断が、パワーハラスメントに対する抑制力になればと思う。
 
「会社を食い物 給料泥棒」 「存在がめ障り、消えてくれ」 「おれはおまえがしごとをしないやつだといいふらしたる」など、上司からの暴言……。 ひどいものだ。 うつ症状になり、そして自殺をした。
死んだ人は戻ってこないけれど、司法の判断は職場状況の改善への手助けとなるに違いない。
「利益、利益」 「競争、競争」 「ノルマ、ノルマ」は、多かれ少なかれどの職場にもあることだからだ。 いや、まん延しているからだ。 人を人とも思わない風潮は厳しい。

「和敬清寂」- 敬うべきだとまでは言わないけれど、会社・上司は 部下に対して 人として接するべきだと思う。 こんな当然すぎることが消えかかっている。

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2007年9月13日 (木)

期待通り やっぱり泣いてしまいました

買ったきっかけ:
「苦しみから立ち上がり、もういちど人生を歩き出す人々の姿を鮮やかに切り取った短編集」 - ブックカバーのうたい文句につられて(オッと失礼!?)、涙を出せるかなぁと思い、手にすることにしました。

感想:
7つの短編で一番のお気に入りは「青いエグジット」。
エグジットとはダイビング用語で 海から陸に上がる ことをいうそうだ。「青い出口」、閉塞した状況からの脱出口とかいう意味合いをこめているのだろう。
黒、灰色、そして、青、白と色彩感をもった作品だ。

事故で片足を失った清人、左遷され 「もうこれから自分にはいいことはやってこない」と思っている父 謙太郎、そして、息子 清人のご機嫌ばかりを取っている妻 真由子、この親子の日常は あくまでもうっとうしい。

1枚のダイビングのポスターがこの親子の日常に一石を投じる。
ダイビングというのは印象として、さわやかだし、「かっこいい」という感じだし、結末に向けての期待感を ひそかに高める。

あんのじょう、ダイビングを通して、清人と謙太郎、そして、真由子 - 親子の風景が変化する。
黒、灰色の世界が変わるきざしが描かれる。
清人が初めての 青い、青い海のダイビングで、父と母への土産として採ってきた白い貝。 親子の新しい絆の象徴だ。

やっぱり 泣いてしまいました。 「やったね」(!?)。
心と体が楽になりました。

さて恥ずかしながら、石田衣良(いら)さんは、あとがき で「僕」とかかれているのをみるまでは女の方だと思っていました。 無知ですみません、最後まで気づきませんでした。 蛇足ですが、本当です。

ポイント:
「もうこれから自分にはいいことはやってこないのだ。そう覚悟を決めて謙太郎は八方ふさがりの人生を受けとめていた。また、そうなってみると耐えることのなかにも、しびれるようなおかしさもあるのだった。盛りをすぎて、くだり坂になった人生を生きるおかさ。」
「謙太郎に希望はなかった。ただどこまで自分が耐えられるのか、その底を見極めたい。人生が自分にどれほどの悪意を見せるのか、最期まで見届けたい。マイナスばかりの決意が生きる支えになるなど、若かったころには想像さえできなかったことである。

「……片足をなくした清人は、自分にとっての荷物などではなかった。……リストラ研修に耐える力が出せたのは、何よりも清人のおかげだった。清人がいなければ、自分の心はとうにおれていただろう」

誰もが、いや、中高年であれば、自分の姿、家族の有り様と重ねて、謙太郎、真由子、清人という親子の物語は 人ごとではない真実がある。
思わず、「そうだ」とうなづく。そして、我が身にひきよせ、 涙して しまうのだ。

約束 (角川文庫 い 60-1)

著者:石田 衣良

約束 (角川文庫 い 60-1)

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2007年9月10日 (月)

水を飲むのはほどほどに

健康問答 本当のところはどうなのか? 本音で語る現代の「養生訓」。

買ったきっかけ:
五木寛之氏のファンだから。

感想:
リラックスして読めるのがいつものことだけれどいいなぁと思う。問答形式だからなおさら。問答の相方、対談者の帯津(おびつ)良一さんのことはこれで初めて知ったが、肩がこらない方だと思った。今後、注目の方だと思う(ちょっと生意気な言い方でごめん)。

さて、本の中のそれぞれの柱にまとめがある。その一部を紹介すると       

① やみくもに水を飲めばいいというものではない。体の欲求に応じて、のどが渇いたら飲む程度でい。 ただ し、脳血栓の素因のある人は少し多めに水をとる。

② 冷たい飲み物は、体によくない。ビールも冷蔵庫から出してすぐに飲むのではなく、少し常温にさらしておいて、冷気をとってからゆっくりと飲むのがいい。

③ 塩分は必要である。ある程度意識的にとった方がよい。

  

おすすめポイント:
健康ブームの昨今、幅広い視野からの問答が楽しい。

健康問答 本当のところはどうなのか? 本音で語る現代の「養生訓」。

著者:五木 寛之,帯津 良一

健康問答 本当のところはどうなのか? 本音で語る現代の「養生訓」。

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2007年9月 8日 (土)

女優 真屋順子さん かわいくて素敵でした!

9月8日(土)、ABCテレビで19時から 真屋さんにスポットを当てた番組が放映された。

勇気をもらった。

7年前に脳内出血で倒れ、闘病生活をしていたことを初めて知った。30年前、「欽ちゃんのどこまでやるの」でお母さん役で出ていたあの人だ。

半身不随となっても、それでも舞台女優として生きていくことを支えにして、画面にいっぱい 真屋さんの笑顔が素敵だった。

心を一番打ったのは、脳内出血で倒れて1年は、病気をオープンにしなかったし、できなかったというあたりだ。 この1年間の期間、本当に大変な1年だったのだろうと思う。

「人は、いろいろな困難にあう。しかし、神様は決して人が乗り越えることができない困難は与えない」  この一言を聞いて、変わったという。

どうですか。前向きになれませんか。

真屋さん、本当に素敵でした。 

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2007年8月31日 (金)

はじめまして 1万人近い ネット難民!?

 2、3日前、新聞で「ネット難民1万人(8千、9千人?)」との記事をみました。

 たしか、4分の1が20代、そして、驚きは、4分の1が50代という内容だったと思います。 20台の就職事情の厳しさはある程度理解はしていました。非正規雇用などの不安定雇用の増大、等々。ネット難民は若者の「風俗」のひとつに誤解されている向きもありましょうが、日本全体をおおう生活不安、雇用不安の一端をあらためてみた気がしました。

 心と体の安心は、安心して働くことのできる仕事場があることだと思うのですが、どう思いますか。

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